JH 「御祈念の姿勢。助かりの開眼。」
昭和五十七年二月二十二日 朝の御理解
x御理解 第九十七節 「神を拝む者は、柏手して神前に向こうてからは、たとえ槍先 で突かれても後ろへ振り向くことはならぬぞ。物音や物声を 聞くようでは、神に一心は届かぬ。」
神様へ向かわせて頂く姿勢と申しましょうかね。特にここでは、私は御祈念の姿勢と思うんです。なかなか難しいですね。
人声を聞くようでは神にまだ一心は届かぬと、いわゆる神様へ向こうたら一心不乱という事。心を乱さない、ね。なかなかでける事じゃありません。
物音を聞くようではまだ神に一心は届かん、と。御祈念中に、人の話が聞こえるような事では、ね。ですから御祈念中に、例えば、あのう、眠気が来たり眠ったりなんてのは、もう、いよいよ神に一心は届かぬ、という事になるようですね。
これはまあ、子供の時に聞いておった話ですけども、三井教会の総代をしておりました久保山、もう今は善導寺にはないですかねえ、あのう久保山紋吉つあん、て言う そのお父さんの時代に、久留米の石橋先生のお取次で、まあそれこそ、ない命を助かって、そして北野にお神様をお迎えするようになったり、又は北野のお神様を善導寺に自分の家屋敷を提供して、三井教会が出来たんです。
そういうふうに、まあ、とにかく三井教会の久保山か、久保山の三井教会かと、いうようなまあ感じすらあった時代がございました。そいであちらの紋吉つあんのお母さんになりますばばしゃまが、ずう-っとあの、椛目の時代は椛目に参って見えとりました。で、いよいよ、私共が知らない昔の三井教会の事やら、信心はじめの事やら今私が月次祭の時に使っておるあの笏(しゃく)はそん時にあちらのばばしゃまが持ってきなさった。
r久保山家で宅祭があったんです。そん時に久留米の初代、石橋先生が見えてからねどうした事かその笏をを忘れて帰られた、ね。そいで石橋先生、その、それを、そりゃ、私があなたん方に忘れて来たといやあ忘れて来たけれども、置いて来たというなら、あなたん所でもろといてもらわなんならんと言われた。で、それを頂いとるけども、そのう、まあ、自分ところの子供達がお道の教師にでもなるという事もございませんので、これはもう、当時の椛目の先生に。まあその頃は、まあだ私がお月次祭を仕えるでも只、あの軍服でお祭りを仕えたり、普通の着物でという時分ですから、笏なんか持っておるような事はなかったですから、けれどもお供えですからね、私はそのまま頂いとったんですけども、やっぱり今日おそらく私が一生石橋先生の形見として頂く事になるでしょうねえ。今使ってるのがそれなんです。
まあそういうようなね、そのまあ、いわれがあるわけですが、久留米教会の総代もなさりゃ三井教会の総代もなさっとったんですねえ。それがそのう、二度目のこんな病気をなさった時ですね、もうあのう、教会とは裏表のような所ですからね、もう、何回も何回も参られるんですね。そして私は、そのうなに気なしに聞いとったけどもそんなもんかなあと思うて。もう、いよいよ助からん時には、もう絶対神様へ一心は届きませんよといったような話を、そんばばしゃまがしておられたのを私は今日は、ふっと思い出させて頂いたんですけどね。
もう、どんなにお願いしてもお願いしても又は,お水をかかって御祈念をしても眠気が来てしようがなかった。したら、やっぱ亡くなりました。いわゆる神様は受けて下さらんという事ですという事。
子供心にそれを聞いておりましたし、又、椛目に参って見えるようになってからもその話を実際に聞かして頂いたんですけども。なかなか神様って只、こうやってそれこそ何気なしに御祈念でもしておりますけども本当に、神様が受けて下さる時にはねこちらの心がもう、生き生きと水々しう神様に向かっていくもんです。ず-っと神様の心の中に入っていくような気が致します。それだから眠半分でも御祈念中は、眠っとりましたといったような事では神様に一心は届かん事がわかりますね、ね。
神様がもう受けなさらん時には、も、どんなにその、それこそ御祈念をしても水をかぶって御祈念しても、最後のところになってくると、ちゃんと眠ってしまうと、
やっぱ神様は受けて下さらなきゃ助かりません、というような話をまあ聞いておったけども。今日あたりの、今日のこの御理解はそういう意味の事じゃないでしょうかね。御祈念中の姿勢、一心、いわゆる不乱である、乱れない。
ところがですねえ、私は今日は御祈念中に頂いた事がz『助かりの開眼』という事を頂いたんです。開眼するっていうでしょ、ね。助かりの開眼、まあ、これを教祖様のお言葉を借りると、まあ、いろいろありましょうけれども、一番ぴったりするのは、「今、天地の開ける音を聞いて眼をさませ」という事だと思うですね。
今、天地の開ける音を聞いて眼をさませ、助かりの開眼というのは、私は、なら、例えば、そこんところがでけず、助かりの開眼が出来ずしてふな、いかに一心不乱に御祈念をしても、と、いうなら、これは金光様という事はいらん何様でんよかちいう。 御不動様でんよかりゃ御地蔵様でんよいという事になる。いや、石の祠でも一心を立つれば、わが心に神がござるから、おかげになるといったようなおかげでは、折角信心を頂きとりわけ合楽では、なら、合楽理念に基づく信心という事を教えられるのですから、こんな馬鹿らしい事はないですよ。只、一心を立てたからおかげを頂いた 一心不乱に拝んだというだけでは。いわゆる根本になるところの助かりの開眼をしてから、いうなら心の眼を開いてから。
今、天地の開ける音を聞いてそれこそ眼をさましたような心です。私は神様に向こうていくならば、ね、御祈念中の姿勢も構えも自ずと変わってくるのじゃないやろかこれは私自身の事を思うのです、ね。理屈でわかるのではなくて、本当に開眼する。 助かりの開眼。これはね、もう、いうなら、合楽理念に基づく以外にはないです。 こんなに間違いのない話はないです、ね。合楽理念に基づく生き方をいわゆる本当に開眼する。ねえ。
もう、この助かりより他にはなしというようなね。あのう、思い込みといかね、もう、翻然として悟らしてもらう。確かに、人間の幸福というのは、もう心一つだと、例えば、なら、合楽理念では説きますよね。心一つで全てを創る。又、反対に壊す事にもなるのだと。只、一心に拝んでおるから一生懸命参っとるからおかげを頂いておるというようなものではない。
助かりの開眼、そしてそのそれが神様へ向かう一心ともなりゃ不乱ともなるというようなね事になってこないと、いや、本当のおかげにはなってこない。
信心がいよいよ有り難うなり楽しうなるといったような事にもなってこない、ね。 昨日は久留米の矢次さんのところの五十日祭がここでございました。まあ、御親戚の方達ばっかりでしたけども、沢山御親戚がおられるんです。この近所、大体常待の方だそうですから、常待兄弟が・・・・男兄弟ばっかり六人もおられて、いっちょん知らんやった、長年参ってきよなはっとに。
昨日私がその事の、御神前に出てお祭りの事願わして頂いたら頂く、皆さん御承知でしょうか、昔は今はもう扇風機どころか冷房がありますからね、どこでん。知らんぐらいでしょうけども、まあ、うちわですかね、夏に使う、うちわ、うちわをね、こううちわ差しちいうのがあったです。竹をね、こう節のところば、こう削ってそこにこうやって穴に二本づつか三本づつくらいうちわを差してある。今時あげなもんなありませんですねえ。使いよっとこもないでしょうけども、うちわ差しちいうのは、二、三年前東京のお父さんがお土産にもって見えましたんですけども。そりゃ、もう、まあ素晴らしい細工じゃないですもん。すきっとしたもう名人が作ったといううちわ差しを頂いて私が、もっとりますが。今時あげなもんなありません。
zうちわ差し。若い人達は知らないくらいでしょう。そしてこう、『座敷に散らかっとる何本かのうちわを拾って、それに差すところを』を頂いたんです。ははあ、今日の御霊様が一番願うておられるところはこれだなあというふうに私は思いました。昨日私、お祭りの前に皆さんも御承知のように矢次さんは非常にお酒ができなさらんで甘いものを好きでした。だから矢次さんが見えると家内がもう、す-ぐあの、ようかんを切ったり、ぼた餅があるとぼた餅をこれは矢次のおっちゃまが、明日くる時にち言うちからとっとくくらいに、あのう、甘いものが好きでした。だから私、あのう、幸い昨日は繁雄さんが見えとりましたから、玉露をおいしいのを入れて下さい、そして、あのうようかんがあるなら、ようかんをお茶受けにしてお供えしてくださいと言うておりましたら、何ち聞き違えたか知らんが私がところに、そのお祭り前にその玉露とようかんとを女の修行生の方が持って見えましたもん。御霊様にち言うたとこれち言うて、けどまあ持ってこられたから頂きました。したら何かこう、つきあげてくるような、あのう、感動を覚えましたですね。おそらく、御霊様の喜びだったと思うんですよね。まあ、人の真という事、この頃まあ、いうなら、私がちょっと心を使わせて、これなら御霊様よりか先に頂いてというて、そのまあ、玉露とようかんを頂いた事でしたけれども、あの、そういう感動でお祭りがはじまりました。
そしたら今の事を頂いて、そしてあのう、頂きますとがz矢次さんは眼鏡をかけちゃなかったかなあ。どげんじゃったでしょうかのうや。そん眼鏡をかけとんなさるとをでけすね、眼鏡をはずしてね、こうやってあのう、眼鏡をかけたなら、涙が流れると眼鏡が曇るでしょう、それば、こうやって眼鏡ばふきよんなさるところば頂いたです。もう、それこそ人の真を御霊様がね、あの、涙を流して喜んでおられるという感じでした。
そういう、んなら、心の状態で御神前に出らせて頂いてすぐ頂いたのが、今言う、うちわかけです。柱にこうかける、竹で作った。
で、そこに何本か散らかっとるこう拾うてそれにこう差すところを頂いた。
私、うちわは内和につながると思うですね。子供さん達がおられますけれども、いろんな都合で別れ別れで生活しよんなさる。そして今も申しますように、いうなら、ほんな近所に男兄弟六人もおんなさるとに、私、何十年のお付き合いですけど知らないくらいにですね。大体常持の人ちいう事だけは知っとりましたとけども、そんなに親戚があるという事は知らなかったんです。
とにかく、親戚付き合いという事はあんまりしよんなさらんやったちいう感じですね。いうならば、内和がバラバラになっておられたわけです。
だから、自分の死というか自分が亡くなったという事を堺にね、いうならば、一人になられますから、あのう、錦也さんというのが息子で、息子夫婦も一緒に仲よういってくれと。兄弟ともこれから仲よう付き合うていってくれと、内和がバラバラになっておるのをまと、はあ、これが今日の御霊様の一番願うておられる事だなあと思うて、ま、その事を聞いて頂いた事ですけれどね。
だから、信心させて頂けば、「家庭に不和のなきが元」と、も、信心の元なんですね。ですからその、家庭に不和のなき、なら、まあ、只、お互いが辛抱しおうてこっとりとん言わんち、いうようなもんじゃなくてですね、真(しん)のいうなら、家庭の和というものがね、生まれてくる事の為にも私は合楽理念の根本的なもの。
何々は合楽理念をもってその他はない。健康管理は、家庭の平和は、商売はと、いうなら、合楽理念をもってするならばです、ね、家庭がもう乱れる事のある筈がないです。はい。もし、乱れておるならば、これはまあだどこかがおかしいとギリギリのところ、いうならば、本当の助かりの開眼というものがでけておらんのですね。
助かりの開眼というのは、子供が助かってくれたらね、嫁ごが助かってくれたらといったようなこっちゃないです。どげな嫁ごでん、どげな息子でんよか。自分自身がそこん中で助かるという事なんです。ね、
それは助かりの開眼がでけておらなければ、心が平生になれませんです。そういう根本的なところをね、ふんまえての神様へ向かう一心である。一心不乱である。
槍先で後ろから突かれにような事があっても振り向いちゃならん、と。これは、御祈念の姿だけじゃありません。皆さんが、なら、合楽へ合楽へと通うて見えるなら、誰かが合楽の悪口を言うた。ありゃ、ほんな金光様じゃなかですばい、
ああ、まちごうとるですばい、ああ、そうですかち言うちから、なら、迷うた人もありますくらいですからね。これなんかは、やっぱ、横槍が入ってからもうそれで迷うてしもうたんです。
本当に合楽の素晴らしいところ、先ずは、だから見極める事、合楽の信心の素晴らしいのはこれだ。そしてこれはもう、絶対だ間違いないんだというものを把握して、合楽に向こうてこんと槍で突かれるような事がある時に、振り向く事になる。
横槍が入った時に、ね、迷う事になる。私はそういう意味もここの中にはあると思うですね。どういう事があっても迷うな、と。合楽一心と。いうならば、心を定めいという意味もあろうと思う。同時に御祈念の姿勢でもあろうと思う。
只、なら、御祈念の姿勢を一心不乱にするという事だけなら金光様の事だけじゃなく、何様だってやっぱ一心不乱がいるだろうと思いますね。
だから根本的なところを頂き、いうなら、助かりの開眼をさせてもらって、そして合楽に向かうのであり、又は、御祈念の構えといったようなものもだんだん出来てくるようになると。誰が何というても耳を貸さない、ね。例えば、ね、御祈念中でもガンガン言いよるなら聞こえん事はないけれども、それに心を奪われない。耳を貸さない。そういう意味だと思うんですね。いわゆる迷うなという事です、ね。
神様へ向かう姿勢というものを、例えば、ね、今日久保山さんの話をさせてもらったが、ね、も、本当にこんなにあらたかな神様はない。もう死ぬはずのつが助かったほどしの御利益を頂いて、ところが二度目の病気の時には、そういう有り難い神様を頂きながらも、どんなに神様へ向こうても向こうても、眠気がきて眠気がきてどうにもしようがなかった。やっぱり亡くなりました。
いうならば、いかに神様に届かなかったか。神様は受けなさらんやったかと、してみるとこの私共の御祈念の姿勢やら神様へ向かう構えというものもです、ね、いうなら、眠気がついたり迷うたり、ね、又は心が乱れたりといったような事では神に一心は届かぬ、という事にもなるのじゃないでしょうかね。どうぞ。